ぼそんの東欧見聞録〜リトアニアに住んでみました〜

大学院で量子論の研究をしていましたが、訳あって1年間リトアニアで働くことになりました。4月から5月末までは英国に滞在し、その後リトアニアへ。   リトアニアも含め欧州の情報を徒然なるままに記します。

Block Chain技術は今後のリトアニアの産業を牽引しうるのか

2018年1月、リトアニアにおいてブロックチェーンに関する2つのニュースが飛び交った。

まず1月初旬にリトアニア中央銀行が、LBChainと呼ばれるブロックチェーンサンドボックス*1の開発を発表した。この件に関してリトアニア中央銀行取締役員の一人Marium Jurgilasは

“Blockchain technology has tremendous potential for innovations that will benefit consumers in both the financial and public sectors. Giving businesses room for the regulated development of this technology will make our country increasingly attractive for investment and help us attract the best talent, as well as make Lithuania a home for innovations.”*2

 

と語っている。リトアニアにおけるFintech企業の発展を促進させ、また外国企業を呼び込み外資を獲得しようとする狙いである。サービスの開始は2019年始め頃を予定している。

 

そして国内外で注目を浴びているのが、1月末にリトアニアの首都Vilniusでblockchain centre vilniusが開設されたというニュースである。このセンターは、HPの言葉を借りれば

a state-of-the-art coworking and shared office space for blockchain start-ups*3

 という位置づけであり、メルボルンと上海にもあるblockchain centreと連携しブロックチェーン技術の発展とそれによる社会変革に貢献することを目的とする。

 

この2つのニュースから

1.何故リトアニアブロックチェーン技術が発展しているのか

2.今後の産業を牽引しうるのか

ということを見ていく。

 

1に関して、端的に言えば今までITに力を入れてきた政府にとって次の活性化材料がブロックチェーンだったからである*4

まず背景として現在までにリトアニアでは人口が減少問題に悩まされている。低収入に起因する海外移住と出生率の低さが原因とされている*5。またリトアニアはヨーロッパ内ではまだ発展途上の国であり、以前の記事(リトアニアのレーザー産業について - ぼそんの東欧見聞録〜リトアニアに住んでみました〜)にも書いたように、国民の収入は少なく、一方で物価だけは上昇をし続けている。加えて2017年度を持ってEUからもらっていた補助金が終了してしまう。

こういった背景から政府は、人口流出を止め、外国資本を獲得し、自国経済を回すためにFree Economic Zone(FEZ)を設けたり、スタートアップに対する助成金*6を出したり、ITインフラを整えたりしてきた。そしてこれは高付加価値のものを作り、産業の基盤とするためでもあった*7。特に政府は今まで自国の強みとしてICTに力を入れてきた。それにより2016年データにも示されるようにヨーロッパでの随一の安くて早いインターネットアクセスが可能で、ICT教育を受けたICTに強い人々が多くなった。ICT関連輸出額は、2016年には総輸出の24%を占めている。安い賃金と相まって、その結果バルト三国のIT企業上位20社までのうち、13社がリトアニアを拠点としている。更に、スタートアップ支援やFEZにより外国からもIT企業が流入してきている。最近ではデータセンターもいくつか用意したそうだ*8

このようにICTの環境を整え、ICTの人員を育成し、ICTの企業を誘致・支援してきた。今後も政府はICTを成長の軸としていく。ここまで見れは、ICTはリトアニアの主要な産業と言ってもいいだろう。そのため、次のICTのトレンドであるブロックチェーンに移行するのは自然な流れだろう。また政府の話では、昨今Fintech企業がリトアニアで増えてきたことに加え、リトアニア中央銀行のITセクターがとても先進的だったことが相まって2016年頃より政府主導でブロックチェーン技術に力を入れるようになったそうだ*9。2017年末にはバルト三国ブロックチェーン技術関連のデジタルマーケットの創造や共同研究でMoU(了解覚書*10 )を結んだ。このことが更にブロックチェーン技術の発展を後押ししている。

そしてblockchain centre vilnius開設の立役者がAntanas Guoga(別名Tony G)という人物である。欧州議会議員であり有名なポーカープレイヤーでもある。加えて彼はBANKERA(仮想通貨のための銀行のスタートアップ)のアドバイザーでもある。仮想通貨に造詣が深く、欧州議会にも口が聞く。彼のコネと働きによって、2018年リトアニアブロックチェーン技術に関して大きな前進をしたと言える。

 

ICTが産業の要となっていることはわかったが、 それでは次にブロックチェーン技術がリトアニアの産業を牽引しうるのかを見ていこう。先に私の結論を言ってしまえば、しうる、である。もちろんブロックチェーン技術はICTの中に含有されており、ICTが産業の要だから最近流行りのブロックチェーン技術は牽引するんじゃないの?っていうナイーブに考えることは出来る。しかしここでは、見聞きしてきたことを元にもう少し詳細にどうしてそう考えるのか見ていきたい。

まずblockchain centre vilniusを開設したことが大きい要因だと考える。これによりブロックチェーン関連ビジネスのエコシステムができた。前述の通り北京とメルボルンのセンターと提携し、特に中国から優秀な人員が今後入ってくる*11。密な連携と人員流入よりブロックチェーン関連技術の研究開発が進む。更に、リトアニア中央銀行が、LBChainをリリースするためにブロックチェーン技術の実証もできよう。研究開発をして実際にビジネスとして運用する基盤を整えつつある。それ故研究とビジネスがスピーディに出来るので、ブロックチェーン関連技術・ビジネスが発展しやすい。加えてバルト三国でのブロックチェーンに関するMoUも発展を後押しするだろう。

 そして関連したもうひとつ要因が先進的な政府である。中央銀行からもわかるように、政府としては、ブロックチェーン技術を公共サービスにも適応していきたいため、例えば銀行のAPI公開やブロックチェーンサンドボックス開発などを行ってきている。加えて、政府はヨーロッパにおけるFintechのHubを目指しており、直近ではシンガポール政府とも協定を結んでいる*12。またヨーロッパで一番最初にイスラエルのFintech企業に対しFintech関連ライセンスの付与を行っており、30位上のライセンスのFintech関連企業に与えてきた。

第三に、スタートアップ支援やFEZの設置という要因である。これにより外国企業の誘致や投資を今まで成功させており、2017年は2200万ユーロの投資を呼びこんだ*13。そしてFintech関連スタートアップも増加している*14。この支援体制に加えて第一の理由によって今後もFintech関連スタートアップや企業の参入が増えることが予想される。加えて、ブロックチェーン関連スタートアップの支援をより強固にしていくそうだ。スタートアップによるICOを使った資金調達が増えている。2017下半期はICOによる投資が多かった。

第四の要因として、情報専攻の学生の増加及び情報科目設置の増加である*15。以前の記事(リトアニアのレーザー産業について - ぼそんの東欧見聞録〜リトアニアに住んでみました〜)ではレーザーを始めとした光学に従事する学生の増加に言及したが、理由は低賃金からの脱出だった。情報系に関しても同様で、平均賃金よりも高い賃金を得られる*16。もちろん先進国と比べれば低いがリトアニア国内で見れば高い。そのため、ICT関連企業に就業したい学生が増加している。加えて20代以下は80%が英語を話せて、50%が母語以外の言語を2つ以上話すことができる。それ故、ブロックチェーン関連企業*17としては人員確保がしやすくなる。

 

 

政府主導とブロックチェーン関連ビジネスのエコシステムと外貨体制と人員の育成という要素が揃っているため、これらが相互に影響して、今後リトアニアにおいてブロックチェーン技術関連企業が振興しやすくなると考えた。それはつまり、ブロックチェーン技術がリトアニアの産業を牽引しうるのということである。

 

今後もリトアニアにおけるブロックチェーン技術関連の動向に注目していきたい。

 

※(2/3追記)リトアニアで力を入れているブロックチェーン技術とは、具体的には何を意味しているのか(暗号技術なのか分散台帳管理技術なのか等)、という質問を頂いたので回答すると、センターや政府も具体的には何の技術かを言及していないが包括的に全てだろう。Blockchain Centre Vilniusは主にビジネスに直結した応用技術全般に力を入れるが、他のセンターや大学機関とも連携して暗号技術しかり鍵管理技術しかりで全てに力を入れるらしい。加えてブロックチェーン技術全般の教育プログラムも今後リリースするそうだ。

*1:わかりやすく言うとブロックチェーン技術の検証や実験ができる仮想環境。

*2:http://www.lb.lt/en/news/the-bank-of-lithuania-to-launch-blockchain-sandbox-platform-service

*3:http://bcgateway.eu/who-we-are/

*4:昨年度政府高官と話した時に聞いたこと

*5:Live Lithuania population (2018). Current population of Lithuania — Countrymetersを見ていただければ減少の様子がよりわかるだろう。

*6:スタートアップ支援は積極的に行っているので、リトアニアでのスタートアップを考えているのであればhttps://investlithuania.com/にアクセスすると情報が得られる。

*7:もともとレーザー産業は自国で栄えており、またライフサイエンス産業も成長している。そこに補助金制度やFEZを設けたことで、国内外から来た新しい会社が興ったことは事実である。つまり光学・ライフサイエンス・ICTといった高付加価値産業関連企業が増えている。

*8:昨年まだ企業が全然使ってくれなくて困っているということを政府高官がぼやいていたが。

*9:リトアニアにおけるFintech関連の歴史はhttp://www.govilnius.lt/business/key-business-sectors-vilnius/fintechを参照すればより詳しくわかる。

*10:了解覚書 - Wikipedia

*11:もうすでにブロックチェーン技術者が入ってきている。

*12:Destination EU2018: Lithuania and Singapore Forge New FinTech Bridge between Europe and Asia | Go Vilnius

*13:Investments to Lithuanian Tech Startups 2007-2018

*14:http://www.startuplithuania.lt/startup/

*15:政府関係者及びVilnius大学関係者より

*16:こちらに関しては、現地リトアニア人への聞き取りや政府関係者見解を元として結論づけた。

*17:ここでは特にブロックチェーン関連企業としているが、広義にはICT関連企業。