ぼそんの東欧見聞録〜リトアニアに住んでみました〜

大学院で量子論の研究をしていましたが、訳あって1年間リトアニアで働くことになりました。4月から5月末までは英国に滞在し、その後リトアニアへ。   リトアニアも含め欧州の情報を徒然なるままに記します。

Block Chain技術は今後のリトアニアの産業を牽引しうるのか

2018年1月、リトアニアにおいてブロックチェーンに関する2つのニュースが飛び交った。

まず1月初旬にリトアニア中央銀行が、LBChainと呼ばれるブロックチェーンサンドボックス*1の開発を発表した。この件に関してリトアニア中央銀行取締役員の一人Marium Jurgilasは

“Blockchain technology has tremendous potential for innovations that will benefit consumers in both the financial and public sectors. Giving businesses room for the regulated development of this technology will make our country increasingly attractive for investment and help us attract the best talent, as well as make Lithuania a home for innovations.”*2

 

と語っている。リトアニアにおけるFintech企業の発展を促進させ、また外国企業を呼び込み外資を獲得しようとする狙いである。サービスの開始は2019年始め頃を予定している。

 

そして国内外で注目を浴びているのが、1月末にリトアニアの首都Vilniusでblockchain centre vilniusが開設されたというニュースである。このセンターは、HPの言葉を借りれば

a state-of-the-art coworking and shared office space for blockchain start-ups*3

 という位置づけであり、メルボルンと上海にもあるblockchain centreと連携しブロックチェーン技術の発展とそれによる社会変革に貢献することを目的とする。

 

この2つのニュースから

1.何故リトアニアブロックチェーン技術が発展しているのか

2.今後の産業を牽引しうるのか

ということを見ていく。

 

1に関して、端的に言えば今までITに力を入れてきた政府にとって次の活性化材料がブロックチェーンだったからである*4

まず背景として現在までにリトアニアでは人口が減少問題に悩まされている。低収入に起因する海外移住と出生率の低さが原因とされている*5。またリトアニアはヨーロッパ内ではまだ発展途上の国であり、以前の記事(リトアニアのレーザー産業について - ぼそんの東欧見聞録〜リトアニアに住んでみました〜)にも書いたように、国民の収入は少なく、一方で物価だけは上昇をし続けている。加えて2017年度を持ってEUからもらっていた補助金が終了してしまう。

こういった背景から政府は、人口流出を止め、外国資本を獲得し、自国経済を回すためにFree Economic Zone(FEZ)を設けたり、スタートアップに対する助成金*6を出したり、ITインフラを整えたりしてきた。そしてこれは高付加価値のものを作り、産業の基盤とするためでもあった*7。特に政府は今まで自国の強みとしてICTに力を入れてきた。それにより2016年データにも示されるようにヨーロッパでの随一の安くて早いインターネットアクセスが可能で、ICT教育を受けたICTに強い人々が多くなった。ICT関連輸出額は、2016年には総輸出の24%を占めている。安い賃金と相まって、その結果バルト三国のIT企業上位20社までのうち、13社がリトアニアを拠点としている。更に、スタートアップ支援やFEZにより外国からもIT企業が流入してきている。最近ではデータセンターもいくつか用意したそうだ*8

このようにICTの環境を整え、ICTの人員を育成し、ICTの企業を誘致・支援してきた。今後も政府はICTを成長の軸としていく。ここまで見れは、ICTはリトアニアの主要な産業と言ってもいいだろう。そのため、次のICTのトレンドであるブロックチェーンに移行するのは自然な流れだろう。また政府の話では、昨今Fintech企業がリトアニアで増えてきたことに加え、リトアニア中央銀行のITセクターがとても先進的だったことが相まって2016年頃より政府主導でブロックチェーン技術に力を入れるようになったそうだ*9。2017年末にはバルト三国ブロックチェーン技術関連のデジタルマーケットの創造や共同研究でMoU(了解覚書*10 )を結んだ。このことが更にブロックチェーン技術の発展を後押ししている。

そしてblockchain centre vilnius開設の立役者がAntanas Guoga(別名Tony G)という人物である。欧州議会議員であり有名なポーカープレイヤーでもある。加えて彼はBANKERA(仮想通貨のための銀行のスタートアップ)のアドバイザーでもある。仮想通貨に造詣が深く、欧州議会にも口が聞く。彼のコネと働きによって、2018年リトアニアブロックチェーン技術に関して大きな前進をしたと言える。

 

ICTが産業の要となっていることはわかったが、 それでは次にブロックチェーン技術がリトアニアの産業を牽引しうるのかを見ていこう。先に私の結論を言ってしまえば、しうる、である。もちろんブロックチェーン技術はICTの中に含有されており、ICTが産業の要だから最近流行りのブロックチェーン技術は牽引するんじゃないの?っていうナイーブに考えることは出来る。しかしここでは、見聞きしてきたことを元にもう少し詳細にどうしてそう考えるのか見ていきたい。

まずblockchain centre vilniusを開設したことが大きい要因だと考える。これによりブロックチェーン関連ビジネスのエコシステムができた。前述の通り北京とメルボルンのセンターと提携し、特に中国から優秀な人員が今後入ってくる*11。密な連携と人員流入よりブロックチェーン関連技術の研究開発が進む。更に、リトアニア中央銀行が、LBChainをリリースするためにブロックチェーン技術の実証もできよう。研究開発をして実際にビジネスとして運用する基盤を整えつつある。それ故研究とビジネスがスピーディに出来るので、ブロックチェーン関連技術・ビジネスが発展しやすい。加えてバルト三国でのブロックチェーンに関するMoUも発展を後押しするだろう。

 そして関連したもうひとつ要因が先進的な政府である。中央銀行からもわかるように、政府としては、ブロックチェーン技術を公共サービスにも適応していきたいため、例えば銀行のAPI公開やブロックチェーンサンドボックス開発などを行ってきている。加えて、政府はヨーロッパにおけるFintechのHubを目指しており、直近ではシンガポール政府とも協定を結んでいる*12。またヨーロッパで一番最初にイスラエルのFintech企業に対しFintech関連ライセンスの付与を行っており、30位上のライセンスのFintech関連企業に与えてきた。

第三に、スタートアップ支援やFEZの設置という要因である。これにより外国企業の誘致や投資を今まで成功させており、2017年は2200万ユーロの投資を呼びこんだ*13。そしてFintech関連スタートアップも増加している*14。この支援体制に加えて第一の理由によって今後もFintech関連スタートアップや企業の参入が増えることが予想される。加えて、ブロックチェーン関連スタートアップの支援をより強固にしていくそうだ。スタートアップによるICOを使った資金調達が増えている。2017下半期はICOによる投資が多かった。

第四の要因として、情報専攻の学生の増加及び情報科目設置の増加である*15。以前の記事(リトアニアのレーザー産業について - ぼそんの東欧見聞録〜リトアニアに住んでみました〜)ではレーザーを始めとした光学に従事する学生の増加に言及したが、理由は低賃金からの脱出だった。情報系に関しても同様で、平均賃金よりも高い賃金を得られる*16。もちろん先進国と比べれば低いがリトアニア国内で見れば高い。そのため、ICT関連企業に就業したい学生が増加している。加えて20代以下は80%が英語を話せて、50%が母語以外の言語を2つ以上話すことができる。それ故、ブロックチェーン関連企業*17としては人員確保がしやすくなる。

 

 

政府主導とブロックチェーン関連ビジネスのエコシステムと外貨体制と人員の育成という要素が揃っているため、これらが相互に影響して、今後リトアニアにおいてブロックチェーン技術関連企業が振興しやすくなると考えた。それはつまり、ブロックチェーン技術がリトアニアの産業を牽引しうるのということである。

 

今後もリトアニアにおけるブロックチェーン技術関連の動向に注目していきたい。

 

※(2/3追記)リトアニアで力を入れているブロックチェーン技術とは、具体的には何を意味しているのか(暗号技術なのか分散台帳管理技術なのか等)、という質問を頂いたので回答すると、センターや政府も具体的には何の技術かを言及していないが包括的に全てだろう。Blockchain Centre Vilniusは主にビジネスに直結した応用技術全般に力を入れるが、他のセンターや大学機関とも連携して暗号技術しかり鍵管理技術しかりで全てに力を入れるらしい。加えてブロックチェーン技術全般の教育プログラムも今後リリースするそうだ。

*1:わかりやすく言うとブロックチェーン技術の検証や実験ができる仮想環境。

*2:http://www.lb.lt/en/news/the-bank-of-lithuania-to-launch-blockchain-sandbox-platform-service

*3:http://bcgateway.eu/who-we-are/

*4:昨年度政府高官と話した時に聞いたこと

*5:Live Lithuania population (2018). Current population of Lithuania — Countrymetersを見ていただければ減少の様子がよりわかるだろう。

*6:スタートアップ支援は積極的に行っているので、リトアニアでのスタートアップを考えているのであればhttps://investlithuania.com/にアクセスすると情報が得られる。

*7:もともとレーザー産業は自国で栄えており、またライフサイエンス産業も成長している。そこに補助金制度やFEZを設けたことで、国内外から来た新しい会社が興ったことは事実である。つまり光学・ライフサイエンス・ICTといった高付加価値産業関連企業が増えている。

*8:昨年まだ企業が全然使ってくれなくて困っているということを政府高官がぼやいていたが。

*9:リトアニアにおけるFintech関連の歴史はhttp://www.govilnius.lt/business/key-business-sectors-vilnius/fintechを参照すればより詳しくわかる。

*10:了解覚書 - Wikipedia

*11:もうすでにブロックチェーン技術者が入ってきている。

*12:Destination EU2018: Lithuania and Singapore Forge New FinTech Bridge between Europe and Asia | Go Vilnius

*13:Investments to Lithuanian Tech Startups 2007-2018

*14:http://www.startuplithuania.lt/startup/

*15:政府関係者及びVilnius大学関係者より

*16:こちらに関しては、現地リトアニア人への聞き取りや政府関係者見解を元として結論づけた。

*17:ここでは特にブロックチェーン関連企業としているが、広義にはICT関連企業。

リトアニアで有名な日本人について

リトアニアで有名な日本人は誰か。日本人の多くの人が思い浮かべるのは杉原千畝だろう。実際日本政府は杉原千畝を全面に押し出しているし、カウナス市も同様に宣伝している。加えて、学校の教科書でも杉原千畝に触れるらしい*1。”有名”という言葉が、どの程度まで知れ渡っているかの定義によるが、SMAPも少なからず知っている人がいる。しかし広く知れ渡っているわけではない。

今回は、リトアニア人の多くが知っているが日本人はあまり知らない、リトアニアで有名な日本人にフォーカスしたいと思う。その方は”友井史人*2という。

リトアニアで放送が決まった風雲たけし城(Takeši pilis)のコメディアンとしてレギュラー出演が決まった。リトアニア語が話せる日本人を探していた所、当時Vilnius大学で学んでいた友井さんに白羽の矢が立った*3。それ故30歳以降の人は結構な割合で彼のことを知っている。

 

実際のその土地に行き、そこで有名な日本人がいることを知ると、なんだか誇らしい気持ちになるのは私だけだろうか―。

*1:現地の中学生を含めた人に話を聞きました。

*2:敬称略

*3:リトアニア人談

LEAN VISITS IN EUROPEと日本の品質改ざん問題について

今月中旬、EU-JAPAN centreが主催したLEAN VISITS IN EUROPEに参加させていただいた。今回はそのことについて触れたいと思う。

 

LEAN VISITS IN EUROPEというのは、毎年数回行われているもので、欧州の製造業幹部を対象に、ヨーロッパに在籍する企業の工場を訪問し、そこで行われているLEAN*1を学び合い指摘し合い、より良いLEANを創るというものである。より簡単にいうと、ある企業がLEANの手法を余すとこなく大公開するというものである。

これは双方にメリットがある。まず参加者は、訪問先が生産向上させた手法や思考を学ぶことで自社のそれと比較し、自社でも導入できるか、自社ならどうすればいいかが学べる。同時にホスト先の工場は、参加者から忌憚なき意見をもらい、より良いカイゼンの指針を享受することが出来る。実際今回のホスト企業が独自に考案したカイゼンとFMEAという手法を混合させた手法を公開し、参加者はメモを必死にとっていた。またワークショップ形式で、ホストの工場にあった問題点に関してグループごとに改善案を考案し、LEANの改善が行われた。

しかし、お気づきかもしれないが、とあるデメリットが存在する。そこで私は今回のホスト企業の人にこんな質問をしてみた。

”公開したらライバル企業に手法が盗まれ、相手が有利になってしまうのではないか?”

するとその人はこう答えた。

 

"公開するからこそ、ライバルを含めた他企業にLEANの手法が行く。だから我々はより良いLEANを考え続けなければいけない。いつまでも同じものに胡座をかいてはいけない。"*2

 

加えて今度は参加者達に同様の質問をすると、皆が上記と同じような回答を返してきた。正直この回答には驚いた。良い物を創り利益を出したいから、自社のLEANを秘密にするのではなく、生産性を向上させより良い製品を創りたいと常に考えているからこそ公開する。デメリットと考えず、自社が成長する機会だと捉えているのだ。

同時に日本でどうか考えてみた。

ある程度の日本企業の品質管理・生産管理は互いにブラックボックス*3であり、外部公開をしない。もちろん何社か公開している会社も存在はしている。実際本プログラムでは年に2回程度日本企業の工場に訪問する。しかし今年そちらに参加した人から聞いたが、日本企業の場合、殆どが自慢で終わり、本音を言っても全然耳を傾けてくれないし、嫌な空気になるそうだ。だから忌憚なき意見を全然言えないと嘆いていた。サンプルが2人しかなく、あくまで今年の参加者なので一般化出来るかは微妙ではあるが、ヨーロッパ企業とは考えが全く異なる企業が存在することは確かである。

そしてタイムリーにも神戸製鋼三菱マテリアル東レ*4の品質データ改ざん問題がマスメディアで報道されている。日本の品質管理・生産管理は高レベルという神話は今や揺らいでいる。

 

日本人が考える品質管理・生産管理を、ヨーロッパの人々が必死に真似をしようとし、またそれをmodifyしてよりよいものを考案しようとしている。参加者も口を揃えてトヨタをはじめとして日本の品質管理を見習いたいと言っていた。しかし、主観に過ぎないが、目標であるはずの日本をもはや超えているような気がした。

前述の不祥事が益々続けばJAPANブランドはどんどん失墜する。いや、これらは氷山の一角で、もう崩壊は始まっている。今度は日本企業がヨーロッパを目標にして品質管理・生産管理を向上する番ではないだろうか。そして自国に留まらず、すでにあるこのようなLEAN機会を活かし日欧でLEANを発展させる方向に向かっていくべきではないだろうか。

ホストの"いつまでも同じものに胡座をかいてはいけない。"という言葉が頭をよぎった。

*1:品質管理や生産管理におけるカイゼンや効率化・向上を指す。トヨタカイゼンからLEANという考えが広まった。

*2:筆者訳

*3:もちろんどの企業も国際標準ISO9001に従っているはずである。しかし実態は

*4:ちょうどブログ更新のタイミングで出てきたので追加した。

リトアニアのレーザー産業について

10月下旬、ご縁あって複数のレーザー企業やレーザー研究所に訪問し、R&Dの様子まで見させていただく機会があった。今回はそのことに触れつつ、リトアニアにおけるレーザー産業*1を見ていきたいと思う。

今回訪問したのは、Light Conversion、Laser Research Center of Vilnius University、Ekspla、Altechna、Altechna WOP、Brothers Semiconductorsである*2

全ての企業で共通していたのが、アメリカへの輸出が一番多いことである。そして中国への輸出が伸びてきており、今や殆どの企業で二番目の輸出先となっている。そしてその次に日本への輸出やドイツへの輸出が多い。輸出の割合から、どの国が技術力を持っているかが垣間見れる*3

 

そもそもなぜリトアニアという国でレーザー産業が盛んなのか。それは約50年前にこの国に初めてレーザーが持ち込まれたことに起因している。そこからソ連のレーザー研究拠点として研究が行われるようになり、現在に至っている。当時対外産業があまりなかったので、レーザーに特化したと言ってもいい。

 

 今回の訪問を受け、特にレーザーファブリケーションの分野が強い印象を受けた。フェムト・ナノセカンドレーザーを使った研究がLaser Research Centerで盛んに行われている。また授業でもナノセカンドレーザーを用いた学生実験がいくつかあり興味深かった。そして、センター長の話では、レーザーに従事する学生の割合*4は増えているとのことだ。政府としても レーザーを国の一大産業のひとつとして見ている。加えて、レーザー関連産業における製品は一次産業のそれと比べ高く売れるため、従事者の給料は最頻値及び中央値のものよりも高い*5

 

リトアニアにおける平均所得は600〜700ユーロ*6と言われているが、これはあくまでも平均である。政治家は庶民よりも多く稼いでおり、それが平均を引き上げている。最頻値をみればだいたい400ユーロである。そのため、レーザー関連産業に従事することは、高給取りになるチャンスなのだ。

 

このような背景からレーザーに従事する学生の割合が増えている。そして今後もリトアニアにおいて、レーザー産業従事者の割合は増えていくだろう。

*1:http://www.ltoptics.org/uploads/documents/Laser%20technologies%20in%20Lithuania.%202017.PDF を見ていただければどのようなレーザー技術があるかがわかる。

*2:他にもあるが諸事情により記載しない。

*3:レーザーは医療や半導体分野などで用いられ、これらは今後も注目される分野なので技術力という表現をした。

*4:リトアニアでは日本同様学生数自体が減ってきている。そのため数で見れば減っているが、全学生に対する割合で見れば増加している。

*5:大学関係者談。

*6:2017年9月現在

物理学における近似とメディア・藝術について

ある事象が発生する。例えば、竜巻が発生する、炭酸の泡が弾ける。その事象をモデル化し、より知覚しやすい形へとする。しかし現象を完璧に記述することが難しく、何かしらの近似を行い、理論を創るのが物理である。近似という行為により、現象の情報がなにか失われる。そして近似の仕方は様々あり、それは理論のバリエーションを拡げる。これが物理が行っていることである。近似の仕方は多様にあるため、所謂トンデモ理論と呼ばれてしまうものも存在する。近似の妥当性は数学的に正しいかだけでなく、物理的に“自然”か、“美しい”かなどと言ったことも考慮される。ここまでまとめると、物理学は自然現象を近似し、理論という形で表現する。近似の仕方により表現が変わるのだ。以下では、近似=表現ではなく、表現=f(近似)という関数のイメージで話す。

 

現象を近似し、それを表現する。これはメディアに通じている。メディアはひとつの事実に対し、各社の思惑によってそれを切り取り、近似し報道する。例えば、某国大統領のスピーチという事実に対し、或るテレビ局は、「観客がいっぱいおり熱狂的だった」と報道するが、違う局は観客の少ないところを切り取り、「支持者も少なく、ひどいスピーチだ」と酷評する。事実はひとつだが、それをどう切り取るかにより表現が変わる。この切り取り方が近似である。事実を100%正確に伝えることは出来ないが、いかに100%に近づけるかがメディアに問われるものである*1

 

切り取り方の近似を考えると、写真も近似である。対象物をどういう構図、どういう露光、どういう機械で取るのかによって表現が変わる。フレームの外側の情報や写真自体の解像度、色彩や遠近感、こういったものを落として対象物を表現される。インスタグラムにあがる写真はいい例である。食事をそれぞれが思う切り取り方で、表現している。“見栄え”を良くするために色彩を変えたり、解像度を落としたりする*2。いずれも、対象とその周りの空間の情報を100%伝えることは出来ず、いかに“自然”で“美しく”近似し、表現するかに注力する。

 

同様にして、藝術も近似と考えられる。対象物があり、それをどのような方法で近似し表現するか。例えば、人間というものを伝えるために、絵で表現したり、音楽で表現したり、はたまた演劇で表現したりする。そしてその各々に対しても、どういう近似を行うかが重要になってくる。例えば絵で言えば、写真同様のフレーム内外は当たり前として、シュールリアリズムやキュビズムと言った近似の仕方が様々ある。

 

何かを表現するということは、自然と近似が行われている。百聞は一見に如かずということはこれをうまく表現している。物理学では、表現の裏でどのような情報が落とされているかを考えることは非常に重要で、理論の妥当性を近似から議論することがよくある*3。メディアに関してもこれは重要なことではないだろうか。"騙されない"ためには、裏を考える必要がある。そして、藝術に関して言えば、物理学において近似が様々な理論を生んだように、様々な表現が生まれる。

近似を考えることが、表現の幅を拡げることに繋がる。

 

補遺 : フランス人詩人マラルメに関して言えば、彼は、どうすれば100%詠み手の思考が読み手に伝わるかを生涯探求し続けた。情報を近似なく伝えることの探求も表現の一つだと思う。IT技術が進歩し、例えばIoB(Internet of Brain)なんていう世界になれば、近似から開放されるのかもしれない。そして藝術は新しい表現を獲得するのかもしれない*4

*1:バズワードとなったposttruthも同じ考え方で、メディアが故意に情報に対し粗過ぎる近似を行い、受け手に間違った理論を展開することだと考えられる。

*2:時にはおじさんが入ると映えないという理由からおじさんを頑張ってフレームの外に出す場合もある。

*3:例えば量子論でbogoliubov近似やBorn近似が対象とした現象に対して有効かどうか。光学で言えばFraunhofer近似や近軸近似が有効かどうかなど。

*4:プラトンイデア世界に通じるかもしれない。我々は結局のところ "本物"に限りなく近づけるが、それ自体を表現できない。いや、表現してしまった時点でそれは"本物"でなくなるのかもしれない。

レーザー学会と聞いて参加したら

先月リトアニアで開催されたレーザーの学会に参加してきた。「学会」という言葉を聞いての参加だったが、予想外の連続だった。そのため今回はその様子を伝えたいと思う。

 

8月25日、26日に開催されたLazariai Mokslas Technologijos*1というレーザー技術・理論の学会に会社単位で参加した。この学会は、リトアニア全土からレーザーの研究をしている研究者、企業、学生、興味のある個人が参加できるものである。学会と聞いたが、会場は都心から離れた場所で、日本でいう「青少年自然の家」的な場所。ある意味隔離である。

「研究者たちを隔離する目的なのか?」

っと最初思った。

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学会の会場について驚いた。参加者が家族を連れてきているのだ。同僚は、子どもと奥さんを連れてきたり、恋人を連れてきたりしていた。どうやらこの学会は家族参加OKのなのだ。(愛犬を連れてきた人もいて尚驚いた。)更に、会場の外には遊技場や自然公園が併設されていたので、学会に飽きたら家族と時間を過ごすことも出来る形式になっている。しかも嬉しいことに食事は全部無料。リトアニアの美味しい食事が食べ放題であった。

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「学会」という言葉を聞くと、堅いイメージを想像するが、この学会は違う。かたっ苦しいものではなく、フラットで誰でも参加できるものだ。この学会の目的について運営者に質問してみた。

 

“パブリックサイエンス*2に触れる機会と、他の研究者たちと家族単位での交流。そして家族との時間を過ごす”

 

それがこの学会の目的らしい。実際私が講演を聞いてた隣で高校生ぐらいの男の子が真剣にレーザーの話を聞いてた。一方外では、普段実験ばかりしている会社の人が、童心に返ったかのように子供と遊んでいた。

 

夜になると、リトアニアで有名な歌手が、星空の下、野外ライブを行った。「あれ?学会じゃなかったっけ?」っとついつい思ってしまった。キャンプファイアーあり、ダンスあり、かたやその脇で企業人がレーザー商品説明ありの物理討論あり。まさにイベント型の学会。

この場所は、都心から隔離離れた場所なので、基本みんな宿泊場で家族や友人と一夜を過ごす。

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翌日は、参加者同士でサッカーの試合があったり、またレーザー討論があったりした。

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こういうタイプの学会に参加したのは、生まれて初めてた。

そこで、家族を学会に連れて行く考えうるメリットについて考えてみた。

1.レーザー従事者*3の仕事・研究について理解で深められる。

2.レーザー従事者の職場での様子がわかる。

3.レーザー従事者の家族が、パブリックサイエンス*4に触れる機会を増やす。

4.レーザー従事者同士が家族単位で他者と交流を深められる。

 

4に関しては明らかで、彼方此方で交流が見られた。1~3は単純に評価できるものではない。そこで、私も4のメリットの恩恵を受けがてら、軽くアンケートを取ってみた*5。標本数は、11*62に関しては11人皆どういう交友関係にあるかわかったと答えた。ボスや同僚を見ることで、会社にどういう人がいて、どういう仲かわかったそうだ。こういう無礼講なタイプだからこそ会社での肩書を忘れ純粋に人として接している。一方、1に関しては、正直良くわからないという人が7人いた。また3に関しては、レーザー自体の講演が難しかったためか、8人がそうは思わないと答えた。もちろんレーザーの勉強になって興味が出たという人もいた。

 

しかし皆口を揃えて「愉しい」と言っていた。私自身楽しかった。

こういうイベント型学会に是非また参加したいと思う*7

*1:http://www.konferencija-lazeriai.lt/

*2:ここでは、一般の人々にも内容を知ってもらうことを目的とした科学を指す。

*3:夫、妻、恋人、子供など

*4:レーザー関連の科学。また今回は科学技術イノベーションについての講演もあった。

*5:質問の仕方は、情報量が落ちてしまうが、簡単のためyes/noとした。

*6:母集団は推定で400人ぐらいいたので、サンプル数は足りないが・・・。

*7:次回はもっと理解できる言語の学会がいいが・・・。

リトアニア文化論Ⅱ〜思想や慣習からみたリトアニア〜

 第二弾の今回は、思想と慣習という側面からリトアニアを見ていく。Vilnius大学のInga Hilbig教授と話す機会があったので、そこでの話も盛り込んでいきたいと思う。日本と類似した特徴が見て取れたのでそのことも踏まえたい。*1

 どんなものにも例外があるように、以下で述べられることでリトアニアを語れるとは思わない。例えば、「日本人は勤勉だ。」という言説にはもちろん例外がある。そのため、以下で見ていくものはリトアニア人の「あるある」と思っていただきたい。では3つのことを見ていこう。

 

1. 自他の考え方

 まず前提として、Zaninelli S. M.(1994)が触れたココナッツ型・ピーチ型モデルについて触れたい。市の考えでは、文化はココナッツ型とピーチ型に分類できる。ピーチは身が柔らかく、中心に小さな硬い殻がある。一方ココナッツは、外殻が硬いが、一度殻を破ってしまえば中身は柔らかい。このことを、公私として見ると、下図のようになる。

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 アメリカを始めとした欧米諸国はピーチ型と言われる。初対面の人に対しても、優しくフレンドリーで柔らかい。外は柔らかいので、誰でも中に入りやすい。例えば、ファーストネームで呼び合うことが思い浮かぶだろう。しかし深い関係を持つことが難しい。核にある本当のその人を知るには、時間がかかる。そのため、外身だけで友好関係が終わることがある。

 一方、ドイツやロシアといった国は、ココナッツ型と言われる。初対面の人にはあまり友好的でなく堅い。外が堅いので、誰もが中には入れるというわけではない。しかしひと度殻を破れば、友好的になり、個人的なことも語るようになる。日本もココナッツ型に近い

 もし出先で知らない人と、目と目とが合ってしまったら日本人ならどうするだろうか。おそらく殆どの人が目を逸らすだろう*2リトアニアにおいてもこれは同じである。何を当たり前を、と思うかもしれないが、欧州では基本、アイコンタクトがあると笑顔を送る。リトアニアもココナッツ型なのである。

また日本と同様に暗黙の了解が存在し、文脈を読むこともある。言わぬが花という考えや婉曲的な物言いも多い。

そしてリトアニア人もしばしば忖度する*3

 

 

2. 時間・空間に対しての認識

 「また今度食事行こうね。」というフレーズを一度は口にしたことがあると思う。「今度」はしばしば「二度と」に近い。しかしこれは一種の社交辞令である。よくある冗談で、日本人がこのフレーズを外国人にいうと、外国人がその場で予定表を出し日程を決めようとして日本人が面を食らった。リトアニアにおいてもこのフレーズは基本的に社交辞令となっている。

時間に正確かどうかに関しては、ちょっとした遅刻は問題ないという認識があるらしい。

列に並ぶという感覚があまりないため*4、ズル込みはしばしば見られる。

日本には「すみません」という魔法の言葉がある。混雑時に人を押しのけ進むような”空間を裂く”行為の時用いられる。リトアニアにおける魔法の言葉は「atsiprašau」。用法は「すみません」と全く同じである。謝罪・依頼・感謝の場面においても使う。

 

 

3. 慣習*5

bodylanguage

・男性同士は握手が挨拶

・女性と握手する場合は、男性が先に手を出してはいけない。女性が手を出すのを待つべし

・握手するとき、手袋等は外す

・人を指差してはいけない

・人に対してあくびをかいてはいけない。日本同様手で隠す

・友達同士ではしばしばボディタッチが当たり前

 

訪問・招待 編

・会う前にSMSや電話を入れることがしばしばある

5−10分遅れるのが礼儀

・たとえいらないと言われても、何かおみやげを持っていくのが礼儀

・偶数本の花を贈ってはいけない。日本同様菊の花もいけない(葬式のみ偶数本)

・基本的に屋内は靴を脱ぐ

・基本的に贈り物は裸のままで渡す(先に中身が見えていれば、がっかりした顔を周りに露骨に見せなくて済む)

・年長者を敬い、テーブルでは先に座ってもらう

・若い未婚の女性はテーブルの端に座ることを避ける

 

 筆者個人としては、リトアニアの文化・慣習は他の欧州諸国に比べ日本にとても似ている。リトアニアも日本もココナッツ型に分類されるからであろうが、それにしても多い。

 リトアニアはもともと自然崇拝や多神教の信仰のペイガニズムの国だった。キリスト教化したのも14世紀の終わりと、ヨーロッパの中で一番遅い。リトアニアペイガニズムは、日本の神道に近しい考えを持っているように思える。筆者は、この背景が一番起因しているのではないかと考えている。

 

 日本との類似点が多いため、日本人にとってある意味自然体で過ごしやすい国リトアニア。シリーズ最終回の次回は、会社での様子*6について見ていく。

*1:どんな文化においても類似した特徴をあげようと思えば数点は持ってこれるが、今回は主観的ではあるが他の欧州諸国よりも多いと思ったので、それらを挙げていきたい。

*2:日本人と一般化したが、先に注意したように「あるある」である。特に東京や地方ではこの行為が多いと思う。

*3:他のココナッツ型において忖度する行為が見られるのかは不明である。

*4:特に年を召した方たち

*5:Inga Hilbig教授による紹介

*6:2017年9月12日に変更