ぼそんの東欧見聞録〜リトアニアに住んでみました〜

大学院で量子論の研究をしていましたが、訳あって1年間リトアニアで働くことになりました。4月から5月末までは英国に滞在し、その後リトアニアへ。   リトアニアも含め欧州の情報を徒然なるままに記します。

LEAN VISITS IN EUROPEと日本の品質改ざん問題について

今月中旬、EU-JAPAN centreが主催したLEAN VISITS IN EUROPEに参加させていただいた。今回はそのことについて触れたいと思う。

 

LEAN VISITS IN EUROPEというのは、毎年数回行われているもので、欧州の製造業幹部を対象に、ヨーロッパに在籍する企業の工場を訪問し、そこで行われているLEAN*1を学び合い指摘し合い、より良いLEANを創るというものである。より簡単にいうと、ある企業がLEANの手法を余すとこなく大公開するというものである。

これは双方にメリットがある。まず参加者は、訪問先が生産向上させた手法や思考を学ぶことで自社のそれと比較し、自社でも導入できるか、自社ならどうすればいいかが学べる。同時にホスト先の工場は、参加者から忌憚なき意見をもらい、より良いカイゼンの指針を享受することが出来る。実際今回のホスト企業が独自に考案したカイゼンとFMEAという手法を混合させた手法を公開し、参加者はメモを必死にとっていた。またワークショップ形式で、ホストの工場にあった問題点に関してグループごとに改善案を考案し、LEANの改善が行われた。

しかし、お気づきかもしれないが、とあるデメリットが存在する。そこで私は今回のホスト企業の人にこんな質問をしてみた。

”公開したらライバル企業に手法が盗まれ、相手が有利になってしまうのではないか?”

するとその人はこう答えた。

 

"公開するからこそ、ライバルを含めた他企業にLEANの手法が行く。だから我々はより良いLEANを考え続けなければいけない。いつまでも同じものに胡座をかいてはいけない。"*2

 

加えて今度は参加者達に同様の質問をすると、皆が上記と同じような回答を返してきた。正直この回答には驚いた。良い物を創り利益を出したいから、自社のLEANを秘密にするのではなく、生産性を向上させより良い製品を創りたいと常に考えているからこそ公開する。デメリットと考えず、自社が成長する機会だと捉えているのだ。

同時に日本でどうか考えてみた。

ある程度の日本企業の品質管理・生産管理は互いにブラックボックス*3であり、外部公開をしない。もちろん何社か公開している会社も存在はしている。実際本プログラムでは年に2回程度日本企業の工場に訪問する。しかし今年そちらに参加した人から聞いたが、日本企業の場合、殆どが自慢で終わり、本音を言っても全然耳を傾けてくれないし、嫌な空気になるそうだ。だから忌憚なき意見を全然言えないと嘆いていた。サンプルが2人しかなく、あくまで今年の参加者なので一般化出来るかは微妙ではあるが、ヨーロッパ企業とは考えが全く異なる企業が存在することは確かである。

そしてタイムリーにも神戸製鋼三菱マテリアル東レ*4の品質データ改ざん問題がマスメディアで報道されている。日本の品質管理・生産管理は高レベルという神話は今や揺らいでいる。

 

日本人が考える品質管理・生産管理を、ヨーロッパの人々が必死に真似をしようとし、またそれをmodifyしてよりよいものを考案しようとしている。参加者も口を揃えてトヨタヲタじめとして日本の品質管理を見習いたいと言っていた。しかし、主観に過ぎないが、目標であるはずの日本をもはや超えているような気がした。

前述の不祥事が益々続けばJAPANブランドはどんどん失墜する。いや、これらは氷山の一角で、もう崩壊は始まっている。今度は日本企業がヨーロッパを目標にして品質管理・生産管理を向上する番ではないだろうか。そして自国に留まらず、すでにあるこのようなLEAN機会を活かし日欧でLEANを発展させる方向に向かっていくべきではないだろうか。

ホストの"いつまでも同じものに胡座をかいてはいけない。"という言葉が頭をよぎった。

*1:品質管理や生産管理におけるカイゼンや効率化・向上を指す。トヨタカイゼンからLEANという考えが広まった。

*2:筆者訳

*3:もちろんどの企業も国際標準ISO9001に従っているはずである。しかし実態は

*4:ちょうどブログ更新のタイミングで出てきたので追加した。

リトアニアのレーザー産業について

10月下旬、ご縁あって複数のレーザー企業やレーザー研究所に訪問し、R&Dの様子まで見させていただく機会があった。今回はそのことに触れつつ、リトアニアにおけるレーザー産業*1を見ていきたいと思う。

今回訪問したのは、Light Conversion、Laser Research Center of Vilnius University、Ekspla、Altechna、Altechna WOP、Brothers Semiconductorsである*2

全ての企業で共通していたのが、アメリカへの輸出が一番多いことである。そして中国への輸出が伸びてきており、今や殆どの企業で二番目の輸出先となっている。そしてその次に日本への輸出やドイツへの輸出が多い。輸出の割合から、どの国が技術力を持っているかが垣間見れる*3

 

そもそもなぜリトアニアという国でレーザー産業が盛んなのか。それは約50年前にこの国に初めてレーザーが持ち込まれたことに起因している。そこからソ連のレーザー研究拠点として研究が行われるようになり、現在に至っている。当時対外産業があまりなかったので、レーザーに特化したと言ってもいい。

 

 今回の訪問を受け、特にレーザーファブリケーションの分野が強い印象を受けた。フェムト・ナノセカンドレーザーを使った研究がLaser Research Centerで盛んに行われている。また授業でもナノセカンドレーザーを用いた学生実験がいくつかあり興味深かった。そして、センター長の話では、レーザーに従事する学生の割合*4は増えているとのことだ。政府としても レーザーを国の一大産業のひとつとして見ている。加えて、レーザー関連産業における製品は一次産業のそれと比べ高く売れるため、従事者の給料は最頻値及び中央値のものよりも高い*5

 

リトアニアにおける平均所得は600〜700ユーロ*6と言われているが、これはあくまでも平均である。政治家は庶民よりも多く稼いでおり、それが平均を引き上げている。最頻値をみればだいたい400ユーロである。そのため、レーザー関連産業に従事することは、高給取りになるチャンスなのだ。

 

このような背景からレーザーに従事する学生の割合が増えている。そして今後もリトアニアにおいて、レーザー産業従事者の割合は増えていくだろう。

*1:http://www.ltoptics.org/uploads/documents/Laser%20technologies%20in%20Lithuania.%202017.PDF を見ていただければどのようなレーザー技術があるかがわかる。

*2:他にもあるが諸事情により記載しない。

*3:レーザーは医療や半導体分野などで用いられ、これらは今後も注目される分野なので技術力という表現をした。

*4:リトアニアでは日本同様学生数自体が減ってきている。そのため数で見れば減っているが、全学生に対する割合で見れば増加している。

*5:大学関係者談。

*6:2017年9月現在

物理学における近似とメディア・藝術について

ある事象が発生する。例えば、竜巻が発生する、炭酸の泡が弾ける。その事象をモデル化し、より知覚しやすい形へとする。しかし現象を完璧に記述することが難しく、何かしらの近似を行い、理論を創るのが物理である。近似という行為により、現象の情報がなにか失われる。そして近似の仕方は様々あり、それは理論のバリエーションを拡げる。これが物理が行っていることである。近似の仕方は多様にあるため、所謂トンデモ理論と呼ばれてしまうものも存在する。近似の妥当性は数学的に正しいかだけでなく、物理的に“自然”か、“美しい”かなどと言ったことも考慮される。ここまでまとめると、物理学は自然現象を近似し、理論という形で表現する。近似の仕方により表現が変わるのだ。以下では、近似=表現ではなく、表現=f(近似)という関数のイメージで話す。

 

現象を近似し、それを表現する。これはメディアに通じている。メディアはひとつの事実に対し、各社の思惑によってそれを切り取り、近似し報道する。例えば、某国大統領のスピーチという事実に対し、或るテレビ局は、「観客がいっぱいおり熱狂的だった」と報道するが、違う局は観客の少ないところを切り取り、「支持者も少なく、ひどいスピーチだ」と酷評する。事実はひとつだが、それをどう切り取るかにより表現が変わる。この切り取り方が近似である。事実を100%正確に伝えることは出来ないが、いかに100%に近づけるかがメディアに問われるものである*1

 

切り取り方の近似を考えると、写真も近似である。対象物をどういう構図、どういう露光、どういう機械で取るのかによって表現が変わる。フレームの外側の情報や写真自体の解像度、色彩や遠近感、こういったものを落として対象物を表現される。インスタグラムにあがる写真はいい例である。食事をそれぞれが思う切り取り方で、表現している。“見栄え”を良くするために色彩を変えたり、解像度を落としたりする*2。いずれも、対象とその周りの空間の情報を100%伝えることは出来ず、いかに“自然”で“美しく”近似し、表現するかに注力する。

 

同様にして、藝術も近似と考えられる。対象物があり、それをどのような方法で近似し表現するか。例えば、人間というものを伝えるために、絵で表現したり、音楽で表現したり、はたまた演劇で表現したりする。そしてその各々に対しても、どういう近似を行うかが重要になってくる。例えば絵で言えば、写真同様のフレーム内外は当たり前として、シュールリアリズムやキュビズムと言った近似の仕方が様々ある。

 

何かを表現するということは、自然と近似が行われている。百聞は一見に如かずということはこれをうまく表現している。物理学では、表現の裏でどのような情報が落とされているかを考えることは非常に重要で、理論の妥当性を近似から議論することがよくある*3。メディアに関してもこれは重要なことではないだろうか。"騙されない"ためには、裏を考える必要がある。そして、藝術に関して言えば、物理学において近似が様々な理論を生んだように、様々な表現が生まれる。

近似を考えることが、表現の幅を拡げることに繋がる。

 

補遺 : フランス人詩人マラルメに関して言えば、彼は、どうすれば100%詠み手の思考が読み手に伝わるかを生涯探求し続けた。情報を近似なく伝えることの探求も表現の一つだと思う。IT技術が進歩し、例えばIoB(Internet of Brain)なんていう世界になれば、近似から開放されるのかもしれない。そして藝術は新しい表現を獲得するのかもしれない*4

*1:バズワードとなったposttruthも同じ考え方で、メディアが故意に情報に対し粗過ぎる近似を行い、受け手に間違った理論を展開することだと考えられる。

*2:時にはおじさんが入ると映えないという理由からおじさんを頑張ってフレームの外に出す場合もある。

*3:例えば量子論でbogoliubov近似やBorn近似が対象とした現象に対して有効かどうか。光学で言えばFraunhofer近似や近軸近似が有効かどうかなど。

*4:プラトンイデア世界に通じるかもしれない。我々は結局のところ "本物"に限りなく近づけるが、それ自体を表現できない。いや、表現してしまった時点でそれは"本物"でなくなるのかもしれない。

レーザー学会と聞いて参加したら

先月リトアニアで開催されたレーザーの学会に参加してきた。「学会」という言葉を聞いての参加だったが、予想外の連続だった。そのため今回はその様子を伝えたいと思う。

 

8月25日、26日に開催されたLazariai Mokslas Technologijos*1というレーザー技術・理論の学会に会社単位で参加した。この学会は、リトアニア全土からレーザーの研究をしている研究者、企業、学生、興味のある個人が参加できるものである。学会と聞いたが、会場は都心から離れた場所で、日本でいう「青少年自然の家」的な場所。ある意味隔離である。

「研究者たちを隔離する目的なのか?」

っと最初思った。

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学会の会場について驚いた。参加者が家族を連れてきているのだ。同僚は、子どもと奥さんを連れてきたり、恋人を連れてきたりしていた。どうやらこの学会は家族参加OKのなのだ。(愛犬を連れてきた人もいて尚驚いた。)更に、会場の外には遊技場や自然公園が併設されていたので、学会に飽きたら家族と時間を過ごすことも出来る形式になっている。しかも嬉しいことに食事は全部無料。リトアニアの美味しい食事が食べ放題であった。

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「学会」という言葉を聞くと、堅いイメージを想像するが、この学会は違う。かたっ苦しいものではなく、フラットで誰でも参加できるものだ。この学会の目的について運営者に質問してみた。

 

“パブリックサイエンス*2に触れる機会と、他の研究者たちと家族単位での交流。そして家族との時間を過ごす”

 

それがこの学会の目的らしい。実際私が講演を聞いてた隣で高校生ぐらいの男の子が真剣にレーザーの話を聞いてた。一方外では、普段実験ばかりしている会社の人が、童心に返ったかのように子供と遊んでいた。

 

夜になると、リトアニアで有名な歌手が、星空の下、野外ライブを行った。「あれ?学会じゃなかったっけ?」っとついつい思ってしまった。キャンプファイアーあり、ダンスあり、かたやその脇で企業人がレーザー商品説明ありの物理討論あり。まさにイベント型の学会。

この場所は、都心から隔離離れた場所なので、基本みんな宿泊場で家族や友人と一夜を過ごす。

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翌日は、参加者同士でサッカーの試合があったり、またレーザー討論があったりした。

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こういうタイプの学会に参加したのは、生まれて初めてた。

そこで、家族を学会に連れて行く考えうるメリットについて考えてみた。

1.レーザー従事者*3の仕事・研究について理解で深められる。

2.レーザー従事者の職場での様子がわかる。

3.レーザー従事者の家族が、パブリックサイエンス*4に触れる機会を増やす。

4.レーザー従事者同士が家族単位で他者と交流を深められる。

 

4に関しては明らかで、彼方此方で交流が見られた。1~3は単純に評価できるものではない。そこで、私も4のメリットの恩恵を受けがてら、軽くアンケートを取ってみた*5。標本数は、11*62に関しては11人皆どういう交友関係にあるかわかったと答えた。ボスや同僚を見ることで、会社にどういう人がいて、どういう仲かわかったそうだ。こういう無礼講なタイプだからこそ会社での肩書を忘れ純粋に人として接している。一方、1に関しては、正直良くわからないという人が7人いた。また3に関しては、レーザー自体の講演が難しかったためか、8人がそうは思わないと答えた。もちろんレーザーの勉強になって興味が出たという人もいた。

 

しかし皆口を揃えて「愉しい」と言っていた。私自身楽しかった。

こういうイベント型学会に是非また参加したいと思う*7

*1:http://www.konferencija-lazeriai.lt/

*2:ここでは、一般の人々にも内容を知ってもらうことを目的とした科学を指す。

*3:夫、妻、恋人、子供など

*4:レーザー関連の科学。また今回は科学技術イノベーションについての講演もあった。

*5:質問の仕方は、情報量が落ちてしまうが、簡単のためyes/noとした。

*6:母集団は推定で400人ぐらいいたので、サンプル数は足りないが・・・。

*7:次回はもっと理解できる言語の学会がいいが・・・。

リトアニア文化論Ⅱ〜思想や慣習からみたリトアニア〜

 第二弾の今回は、思想と慣習という側面からリトアニアを見ていく。Vilnius大学のInga Hilbig教授と話す機会があったので、そこでの話も盛り込んでいきたいと思う。日本と類似した特徴が見て取れたのでそのことも踏まえたい。*1

 どんなものにも例外があるように、以下で述べられることでリトアニアを語れるとは思わない。例えば、「日本人は勤勉だ。」という言説にはもちろん例外がある。そのため、以下で見ていくものはリトアニア人の「あるある」と思っていただきたい。では3つのことを見ていこう。

 

1. 自他の考え方

 まず前提として、Zaninelli S. M.(1994)が触れたココナッツ型・ピーチ型モデルについて触れたい。市の考えでは、文化はココナッツ型とピーチ型に分類できる。ピーチは身が柔らかく、中心に小さな硬い殻がある。一方ココナッツは、外殻が硬いが、一度殻を破ってしまえば中身は柔らかい。このことを、公私として見ると、下図のようになる。

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 アメリカを始めとした欧米諸国はピーチ型と言われる。初対面の人に対しても、優しくフレンドリーで柔らかい。外は柔らかいので、誰でも中に入りやすい。例えば、ファーストネームで呼び合うことが思い浮かぶだろう。しかし深い関係を持つことが難しい。核にある本当のその人を知るには、時間がかかる。そのため、外身だけで友好関係が終わることがある。

 一方、ドイツやロシアといった国は、ココナッツ型と言われる。初対面の人にはあまり友好的でなく堅い。外が堅いので、誰もが中には入れるというわけではない。しかしひと度殻を破れば、友好的になり、個人的なことも語るようになる。日本もココナッツ型に近い

 もし出先で知らない人と、目と目とが合ってしまったら日本人ならどうするだろうか。おそらく殆どの人が目を逸らすだろう*2リトアニアにおいてもこれは同じである。何を当たり前を、と思うかもしれないが、欧州では基本、アイコンタクトがあると笑顔を送る。リトアニアもココナッツ型なのである。

また日本と同様に暗黙の了解が存在し、文脈を読むこともある。言わぬが花という考えや婉曲的な物言いも多い。

そしてリトアニア人もしばしば忖度する*3

 

 

2. 時間・空間に対しての認識

 「また今度食事行こうね。」というフレーズを一度は口にしたことがあると思う。「今度」はしばしば「二度と」に近い。しかしこれは一種の社交辞令である。よくある冗談で、日本人がこのフレーズを外国人にいうと、外国人がその場で予定表を出し日程を決めようとして日本人が面を食らった。リトアニアにおいてもこのフレーズは基本的に社交辞令となっている。

時間に正確かどうかに関しては、ちょっとした遅刻は問題ないという認識があるらしい。

列に並ぶという感覚があまりないため*4、ズル込みはしばしば見られる。

日本には「すみません」という魔法の言葉がある。混雑時に人を押しのけ進むような”空間を裂く”行為の時用いられる。リトアニアにおける魔法の言葉は「atsiprašau」。用法は「すみません」と全く同じである。謝罪・依頼・感謝の場面においても使う。

 

 

3. 慣習*5

bodylanguage

・男性同士は握手が挨拶

・女性と握手する場合は、男性が先に手を出してはいけない。女性が手を出すのを待つべし

・握手するとき、手袋等は外す

・人を指差してはいけない

・人に対してあくびをかいてはいけない。日本同様手で隠す

・友達同士ではしばしばボディタッチが当たり前

 

訪問・招待 編

・会う前にSMSや電話を入れることがしばしばある

5−10分遅れるのが礼儀

・たとえいらないと言われても、何かおみやげを持っていくのが礼儀

・偶数本の花を贈ってはいけない。日本同様菊の花もいけない(葬式のみ偶数本)

・基本的に屋内は靴を脱ぐ

・基本的に贈り物は裸のままで渡す(先に中身が見えていれば、がっかりした顔を周りに露骨に見せなくて済む)

・年長者を敬い、テーブルでは先に座ってもらう

・若い未婚の女性はテーブルの端に座ることを避ける

 

 筆者個人としては、リトアニアの文化・慣習は他の欧州諸国に比べ日本にとても似ている。リトアニアも日本もココナッツ型に分類されるからであろうが、それにしても多い。

 リトアニアはもともと自然崇拝や多神教の信仰のペイガニズムの国だった。キリスト教化したのも14世紀の終わりと、ヨーロッパの中で一番遅い。リトアニアペイガニズムは、日本の神道に近しい考えを持っているように思える。筆者は、この背景が一番起因しているのではないかと考えている。

 

 日本との類似点が多いため、日本人にとってある意味自然体で過ごしやすい国リトアニア。シリーズ最終回の次回は、会社での様子*6について見ていく。

*1:どんな文化においても類似した特徴をあげようと思えば数点は持ってこれるが、今回は主観的ではあるが他の欧州諸国よりも多いと思ったので、それらを挙げていきたい。

*2:日本人と一般化したが、先に注意したように「あるある」である。特に東京や地方ではこの行為が多いと思う。

*3:他のココナッツ型において忖度する行為が見られるのかは不明である。

*4:特に年を召した方たち

*5:Inga Hilbig教授による紹介

*6:2017年9月12日に変更

リトアニア文化論Ⅰ 〜言語的側面からみたリトアニア〜

リトアニア文化論シリーズということで計3回にわたり、リトアニアの文化を深堀していきたいと思う。第一弾となる今回は、言語という側面からリトアニアを探求していこう。Vilnius大学の社会言語学Meilutė Ramonienė教授と話す機会があったので、そこでの話も盛り込んでいきたいと思う。

 

まずリトアニアにはどのようなエスニシティ*1がいるのか見ていこう。

 

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上表*2からわかるように、当たり前だがリトアニア人の割合が一番多い。隣国のポーランドやロシアからの移民*3が2番目3番目を占めている。またベラルーシウクライナからの移民も多い。これらは旧ソ連時代の名残で、ソ連時代この4カ国の民族が住んでいたことに起因している。そのため、リトアニアではこれらの言語が利用されていることが容易に思いつく。では具体的にどんな言語がリトアニアで利用されているのだろうかという疑問が浮かぶ。

 

下の表は、リトアニアの小学生を対象に調査した、自宅で話されている言語の統計データである*4

 

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リトアニア語が予想通り一番話されている。ロシア語が二位である。そして面白いことに、3位に英語がランクインしている。将来のことを考えて自宅で母語でない英語を話す家庭が増えている。また、英語の子供向け番組のほうが現地語よりも面白いということで、自宅で英語が使われることもわかっている。もちろんこの中には、しょうがないから英語番組をみせるという家庭もあり、それが英語能力の向上にもつながっている。これは面白い。リトアニアにおいて英語ができると何がいいのか。

 

ここから特にロシア語と英語に注目しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年代が若いほうが英語の話者が多いことがわかる。逆に反比例するようにロシア語の話者が減っている。言語は年代とともに移り変わることがわかる。もともとソ連時代、リトアニアではロシア語が話されている。ロシア語が必要な仕事は、高い年齢層の人ならある程度誰でも出来てしまう*5。しかし英語と来れば、一気に牌が減る。こういった理由も英語人気に起因しているようだ。

関連してイギリスの北部にはリトアニア人コミュニティが存在し、アメリカにもいくつかコミュニティが存在している。平均月収644€*6リトアニア人にとって、英語圏のほうが高収入を狙える。そして、収入が高い人ほど、リトアニア国内でも英語運用能力が高いことがわかっている*7*8

 

今、リトアニアでは英語話者の数が増加している所得がまだ低いリトアニアにおいて、英語という言語は、高収入に繋がる必要条件となっている。そのため英語を学ぶ若者が増えている。更に、英語にとどまらず、他の言語を学ぶ若者も一定層いるのは確かで、3ヶ国語以上話せる人が今は増えている。これはおそらく、英語を話せる母体数が増えてきているので、もう英語だけでは付加価値が少ないからであろう。優秀な若者ほど、多言語話者となっている。こういった背景もあり、リトアニアに世界から企業が集まってきているということがうなずける。

 

もちろん首都のビリニュスとその他の地域では、英語話者の数に差があるのは明らかで、 首都のほうが多い。またロシア語の話者も首都が多い。

 

以上のように、言語という側面からリトアニアを見てきた。次回は、思想と慣習という立場からリトアニアを見ていく。

 

*1:民族という考えてよい。ただ正確にはNathan Glazerの定義“一つの共通な文化を意識的にわかち合い、何よりもまずその出自によって定義される社会集団”としている。

*2:出典:European Commission

*3:移民という言葉を使っているが、ソ連以前から住み着いた民族も含めている。

*4:Meilutė Ramonienė教授の調査による

*5:もちろん経歴に依拠する部分もあるが、今回は言語という議論においてと限定しておく。一方で、年齢がある程度高いほうがお年寄りとも会話しやすいということで、高い年齢層のほうが採用されやすいというのは、正しい。

*6:2017年度データ, Rankings by Country of Average Monthly Net Salary (After Tax) (Salaries And Financing)より

*7:Meilutė Ramonienė教授の調査による。

*8:注意しなければいけないのは、英語運用能力が高いから収入が高いという相関関係になっていることである。その逆ではない。

ソ連はいかにして、リトアニアで共産主義体制を築いたのか ~Gruto Parkasから~

共産主義を象徴するレーニン像は、もうほかの国では滅多にお目にかかれない。しかし、ここリトアニアでは、ソ連時代に存在した共産主義を象徴するレーニン像*1やモニュメント、新聞、橋といったものすべてが形を残し集めている場所がある。リトアニアの南部にあるGruto Parkas。共産主義時代にタイムスリップできる場所。

 

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入り口ではレーニンの頭がお出迎えしてくれる。面白いことに、入場ゲートまでの道中、左手側に、レーニンを始めとした共産主義を代表する人物の銅像がアルパカと一緒にお出迎えしてくれる。(下図)

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入場ゲートでチケットを買って、いざ内部へ。

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この施設は巨大な森林地帯に存在し、内部には、いくつか展示施設と道沿いに多数のレーニンを始めとした共産党を象徴する人物の像が配置されている。さらに動物園や子供が遊ぶ遊戯公園が併設されているという不思議な構造だ。レーニン像の横で子供がブランコで遊んでいた。

 

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銅像は、十人十色で様々なポーズをとっている。一つ一つが、力強く、権力の誇示をしている。レーニンの銅像を通し、当時どのように人々にレーニンという人物を流布していたのかが伺える。また、権力の誇示はどのようなポーズを通してできるのか、どういう構図ならば勇ましく見えるのか、分析することができる。人を見下す構図や、指をさす構図、天を仰ぐ構図、足組する構図。こういったポーズというのは、面白いことに、例えば交渉の場でも用いることができると思う。相手の優位に立つためには、自信がある余裕を見せ、ひょうひょうとして堂々な態度が必要である。こういった銅像において、相手の優位、が重要な要素である。そのため筆者は、銅像の構図が参考になると思っている。

施設には当時使われたプロパガンダ用ポスターや版画、新聞も多数目にすることができる。学校教育の場で実際に存在したレーニンの肖像画も展示されていた。レーニンの絨毯もある。レーニンの関連グッズが多数存在しており感心する。

そして当時の選挙結果に関する新聞もあり、面白いことに99.84%が選挙に行き、99.74%物人が共産党に投票したそうだ。まずこういったデータがあることが興味深いし、99.74%物人が共産党に投票せざるを得ない状況だったということも伺える。

当時、レーニンという偶像を用いて人々に思想の植え付けを行っていた。ある種、宗教的なものに通ずる。レーニンがいかに偉大で素晴らしいのかを本や銅像、肖像を通して啓き、共産党は素晴らしいものだと教育していく。リトアニアを統治したソ連は、このような改革を行った。更にロシア語を共通言語として教育する。小さいうちから教育することで、共産主義を肯定的に考える。大人に対しては、反発すれば牢に連行する。このことに関する新聞記事も実際にあった。何千名ものリトアニア人が牢に入れられ殺されたそうだ。またソ連軍により首都のビリニュスは占拠された。武力と刷り込みにより、ソ連リトアニア共産主義を拡げていった*2

この状況は、現在の某国に似ている。"偉大な"統治者を崇めるような銅像やポスターを作成し、学校でも教育する。反対するものは処刑。ソ連が崩壊したように、このままこのようなことを続けて、あの国は崩壊するのだろうか。様々な社会学者やコメンテーターはすぐ崩壊すると言い続けたが、未だに存続している。ソ連と異なる点は、例えばリトアニアのように元来いた民族のもとに、他の民族が思想を押し付けたことがないという点だ。自国と自民族の平和と安寧のため命を燃やした戦士達がリトアニアにはいた。某国ではどうか。国民に安寧は訪れるのだろうか――。

 

 

是非この施設でレーニン像を拝めに足を運んで欲しい。共産主義当時にタイムスリップすることができる。そして現代に戻って、世界を見渡して欲しい。おそらく少し見え方が変わると思う。

*1:数えていなかったが、おそらく40体ぐらいのレーニン像が存在している

*2:もちろん単純にこれだけではないが、この2つが大きな要因である。この施設にもそのことを示唆する新聞記事などが存在する